恋野神風(こいの・かみかぜ、38才)
鈴木空(すずき・そら、25才)
高梨桃子(たかなし・ももこ、30才)
〇神風の家
神風「私は恋愛の天才だ。これまで1000人の女性と恋をしてきた。今は独り身なので、すべての恋は完了済みだ。私の家では先祖代々伝えられてきたことがある。それは、1000人の女性と恋をすると、ある特殊な力が芽生える。それは、気持ちを詰め込んだチョコ弾を作れるチョコ弾職人になれる事。私の家系ではここ300年以上、チョコ弾職人は誕生していない。私は今38才。家系図の裏にはチョコ弾職人になった人たちの年齢が書かれているが、私は最年少チョコ弾職人となっている。私の父親は恋を1回しかしなかったと言っていたが、その反動が私に来たのかもしれない。
〇2月15日、18時 喫茶店
依頼人の鈴木が待っていると恋野がやってくる。
鈴木M「赤いネクタイ。あの人だ」
鈴木「伊吹さんですか?」
神風「風鈴さんですか?」
鈴木「はい、そうです。私、鈴木っていいます。」
神風「私は恋野神風です。よろしくお願いします。」
鈴木「メールでも相談させてもらいましたが、私の気持ちを桃子さんに伝えることができるんですか。」
神風「それは、鈴木さんが私の質問に真剣に答えてくれれば気持ちは確実に伝わります。ただし、その恋が実る保障はできかねます。」
鈴木「そうですよね。これまでに依頼された人たちはどうでしたか」
神風M「あなたで2人目とは言えないか…」
神風「それはお話しできません。私もできるだけのお手伝いはさせていただきます。」
神風はコーヒーを注文する。
神風「それでは早速始めましょう。まず、鈴木さんとお相手の方、桃子さんとの出会いからお聞かせください。」
鈴木「初めての出会いは公園です。桃子さんが躓いて倒れた時に私が偶然近くにいたんです。その1週間ぐらい後だったか、同じ公園で偶然にも再び会って、話し込んでしまって。桃子さんは人材紹介会社の人だったのですが、私もちょうど転職を考えていたんです。」
神風「ちょっと、お待ちください。あなたの人生の分岐点で桃子さんと会ったのですか。それはポイントが高い。人生の分岐点では気持ちが引き合う力が働きます。」
鈴木「そうなんですか。じゃあ、脈ありですよね。」
恋野「脈はありますが、それだけではまだ…。続きを聞かせてください」
鈴木「はい。それから、彼女の会社に行って登録したのですが、また、同じ公園で彼女に会ったんです。すると、彼女は会社であった時とは違って、転職を辞めるように説得されたんです。」
恋野「ほう、それはなぜ」
ウエイトレスがコーヒーを持ってくる。
ウエイトレス「ごゆっくり」
恋野「どうも、ありがとうございます。では頂きます。」
恋野はコーヒーを一口飲む。
恋野「ああ、すみません。転職を辞めるように言われた理由ですよね。」
鈴木「私、研究職なのですが転職はそんなに甘くないって、言われました。成功する人もいますが、それはごく一部の人で、かなり優秀な人です。今の私は世間知らずで、自分の理想像だけで転職を考えていると言われました。自分の実力、実績をよく考えるように言われました。」
恋野「普通、転職業者の人は転職を希望している人にそんなこと言わないですよね。」
鈴木「恋野さんもそう思います?ちょっと変わってるんですよ。でも、それから彼女のことが気になり始めて…」
恋野「鈴木さんは彼女のことをどのくらいご存じですか?」
鈴木「まだ、あまり知りません。これからお付き合いを始めたくて…」
恋野「一応のご確認ですが、彼女は結婚されていないですよね。」
鈴木「ハッキリ聞いたわけではありませんが、彼女は指輪をしていません。
恋野「…、もし結婚していたら鈴木さんは諦めることができますか。」
鈴木「…、その時は諦めるしかないですね。」
恋野「さすがに不倫を勧めるわけにはいかないので、その覚悟がおありなら、話を進めましょう。次はあなたについてお尋ねします。鈴木さんはこれまで何人の方とお付き合いされましたか」
鈴木「2人です。」
恋野「では、好きになった人は何人ですか」
鈴木「…、桃子さんで4人目ですが、桃子さんへの想いが一番強いです。なんていうか、ビビット来たというか」
恋野「なるほど、この恋、上手くいくといいですね。好きな食べ物は?」
鈴木「えっ?そんなことが重要なのですか。」
恋野「まあ、質問の内容というより、私自身が質問をしながら鈴木さんの人柄を理解しようとしているって感じです。」
鈴木「なるほど。あっ、好きな食べ物は…、何でも食べますが、そうですね。フルーツ系は特に好きで、一番好きなのは、普通で申し訳ないのですが、葡萄かな。」
恋野「子供の頃になりたかった職業は?」
鈴木「変わった質問ですね。もちろん研究者です。」
恋野「ちなみに、どの分野の?」
鈴木「何でも良かったのですが、環境系ですね。」
恋野「なるほど、では、彼女と最後に会ったのは?」
鈴木「急に戻りましたね。1週間前に同じ公園で」
恋野「その公園によほど縁があるんですね。その時の彼女の様子は?」
鈴木「なんか、元気がなかったです。心配だったのですがどうしても踏み込んだ質問ができなくて」
恋野「大体、状況はつかめました。では、実行はその公園で行いましょう。」
鈴木「でも、彼女がいつその公園に来るのかが分かりません。」
恋野「大丈夫、その辺は私の方からメールでご連絡します。料金は前払いとなります。」
鈴木「えーと、5万円でしたよね。約束は守ってくれますよね。」
恋野「その辺はご信用ください。しっかりとあなたの気持ちを彼女に伝えます。」
鈴木は恋野に5万円払う。
恋野「ありがとうございます。そうですね。公園での集合日時を明日17時までにメールいたします。」
〇2月17日 19時 公園
鈴木と恋野が公園に集まる。
鈴木「メールの返事が早かったですね。」
恋野「私は仕事が早い方なので」
鈴木「今日、彼女がここに来ますか」
恋野「来ます。逆に来なかったら、この恋はうまくいきません。」
鈴木M「もしかして、適当?この人信用できるのか?」
恋野はバックからライフルを取り出し、弾丸ケースからチョコ弾を取り出す。
鈴木「えっ、こんなところで大丈夫ですか。」
恋野「心配ありません。私たち以外、ライフルと弾は見えません。先に言っておきますが、撃った時の音も他の人には聞こえません。」
鈴木「なんて、都合がいい話」
恋野「そうですね、今から20分後、彼女はこの公園にやってきます。あなたはこのライフルを使ってこのチョコ弾を彼女に命中させてください。左胸を狙ってくださいよ。一撃で仕留めますから。」
鈴木「だ、大丈夫でしょうね。彼女が怪我したりしないですよね。」
恋野「当たり前です。私を信じてください。」
20分後、彼女が公園にやってくる。
鈴木「あっ、桃子さんが来ます。」
恋野「言ったとおりでしょ。後は彼女のハートを撃ち抜いてください。」
桃子がブランコに座る。
桃子「もう、別れた方がいいかな。」
恋野と鈴木が離れた場所から桃子を見る。
鈴木「何を一人で言っているんだろう」
恋野「う~ん、何か悩んでいるようですね。あの様子だと、仕事か恋ってとこですね。」
鈴木M「また、適当なことを言って…、この人大丈夫かな?」
恋野「鈴木さん、恋の始まりは相手のペースに合わせてはいけません。今やることは鈴木さんの気持ちを彼女に伝えること。さあ、迷わずこれで撃ちましょう。」
恋野はライフルとチョコ弾を鈴木に渡す。
恋野「よーく狙ってくださいよ。」
鈴木がライフルを構える。
鈴木「この弾を外したらどうなるのですか。」
恋野「とりあえず、彼女にあたりさえすればあなたの気持ちは伝わります。ただ、彼女にかすりもしなかったり、他の人や、最悪の場合、犬や猫など動物にあたるとあなたの気持ちがそのまま伝わります。あとは、撃ち込まれた人がどう思うかです。ベンチや他の物に当れば、特に何も起こりません。」
恋野M「そう、テキストに書いてあった」
鈴木M「とりあえず彼女に当てれば…」
銃の音「バーン!」
鈴木がライフルで桃子を撃つと見事命中。
鈴木「恋野さん当たりました。」
恋野「おめでとうございます。」
桃子が胸に手を当てて苦しむ。
鈴木「恋野さん大丈夫ですか!?」
恋野「鈴木さん、今です。彼女に声をかけてください。」
鈴木が桃子のところに行く。
鈴木「高梨さん、大丈夫ですが?どこか具合でも…。」
桃子「う、う、あっ、鈴木さん。ちょっと胸が…。」
しばらくすると桃子の表情が戻る。
桃子「鈴木さん。私の話を聞いてもらってもいいですか。」
鈴木「はい」
桃子「私、上司と不倫してるんです。やめなきゃいけないと思っているのですがなかなか踏ん切りがつかなくて。」
鈴木M「なんだ、この意外な展開は?でも、桃子さん、好きな人がいるだ」
桃子「都合よくつかわれていることもわかっている。それでも彼と別れることができなかった。」
鈴木M「フラれるのか。」
桃子「でも、今日私の誕生日で彼が祝ってくれるはずだったんですが、奥さんからの用事が電話で入って今日は私一人。電話一本に勝てない。やっぱり、私は大切にされていない。」
鈴木「なんて言っていいか…」
桃子「ごめんなさい」
鈴木「そうだ、私でよかったら今からでも付き合いますよ。」
桃子M「この人の気持ちが分かる。どうして?この人、私を助けてくれる」
桃子「でも、私といるところを彼女さんに見られたら…」
鈴木「か、彼女なんていませんよ。今日はパーッと行きましょう。」
桃子は鈴木と夜道を歩きだす。鈴木が振り向くと恋野の姿はもいない
〇神風の家 夜
神風はチョコ弾づくりの部屋にいる。
神風「不倫も恋。恋が終われば恋が始まる。終わりと始まりがつながれば恋で悩んでいる人は人は救われる。ってあまり偉そうに言えないけどな。」
神風はもう一つのチョコ弾をコレクションケースに入れて冷蔵庫に入れる。
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