バイアリータークが残したヘロド系 -31話-

競走馬の足跡~世界の競馬~

前話の復習

謎多きゴルドフィンアラビアン -30話-
ゴルドフィンアラビアンは謎が多い。不思議な馬だ。渡り歩いてイギリスに来ただけなのだが、マッチェム系を作り上げた。エリートではない血の強さがあったのだろう。猫のグリマルキンとは友達だ。
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バイアリータークが残したヘロド系 -31話-

 ここからは三大始祖を三大始祖とした馬を紹介します。まず、バイアリータークのヘロド系について話をしよう。

バイアリータークの5代後にヘロド(1758年生)という馬がいる。イギリスの第1回ダービー馬はダイオメドで、ヘロドの3代後となる。

さらにダイオメドから5代目にアメリカの「レキシントン」がいて、さらに、フランスのトウルビヨン(1928年生)もヘロド系である。

トウルビヨンの血統は前にも紹介したが、イギリスのジャージー規則を崩壊させた血脈でもある。トウルビヨンはヘロドから16代目であった。

11代目にはザテトラークがいる。気の長くなる話だが、サラブレッドの血統とはそういうものだ。

トウルビヨンの誕生についても、ヘロド系をしぶとく守り続けた馬産家の忍耐と情熱の結晶なのだ。

日本においてはパーソロンやダンディルートによって、その血脈は存在し、主な後継馬は、メジロアサマ、シンボリルドルフ、ビゼンニシキがおり、さらに後継として、トウカイテイオー、メジロマックイーンなどにその血統は引き継がれた。

特に、3冠馬シンボリルドルフ(1981年生)と、シンボリルドルフの子であるトウカイテイオー(1988年生)はその世代の最強馬と言われた親子そろってのダービー馬だ。

そして、この2頭の年代とこれまでの競走馬の歴史で出てきた馬の年代を比べれば、どれだけ日本が競馬後進国なのかお分かりになるだろう。日本の競走馬については話すのはまだまだ後になりそうです。

ちなみに、ヘロドの現役時代の通算成績は10戦6勝と一流ではあったが、超一流という成績ではなかったが、後にトウルビヨン、レキシントンに血をつないだウッドペッカーやハイフライヤー(12戦無敗)などが活躍した。

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ゴルドフィンアラビアンが残したマッチェム系 -32話-

ゴルドフィンアラビアンが残したマッチェム系 -32話-
マッチェム系はイギリス競馬の体制が勢いづく直前に繁栄した血統と言えるかもしれない。直後に勢力を増したヘロド系に塗り替えられてしまった感が否めない。しかし、現在の競走馬を支えた血脈であることは言うまでもない。

 

 

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